2020/12/30

マレーシアのサロンオープンに向けて~光を得て光となる

 




不安や焦りに捕らわれ
自己嫌悪に陥っていた私は
「トリコロールコース」の提供を知り
光が見えた気がした



意を決して申し込んだ「トリコロール」コースは


の三つのコースを絡めたカリキュラムで
私が受けてみたいと思っていたものが
全て含まれているコースだった



受講していく中で
微かだった光は確かなものとなり
コンサルティングを受講することを決めた



そして今まさに
ハイヒールコーチになるべく
学んでいる最中であるけれど
これまでで既に
「ハイヒールの哲学」を学ぶことで
人生が変わるということを実感している



その最たる出来事は今月の初めにあった
マレーシアでのビジネスパートナーから
久しぶりに連絡があり
その内容はマレーシアでの就労VISAの申請が
承認されたという驚きのものだった



最初は何のことか意味が理解できなかった
というのも申請をしたのは昨年末で
そこから手続きがなかなか進捗せず
ようやく結果が出たのは今年の6月で
しかも申請は却下されていた



それが半年経った今
承認されたというのである
関係者は皆
一度却下されたものが今なぜ承認されたのか
一体何が起こったのか全く分からないと
只々驚きだった



まさに世界がひっくり返った
閉ざされたと思っていた
マレーシアへの道が
急遽また目の前に現れたのである



正直なところ
私自身のどういう意識が
このような現実を引き寄せたのか
自分でもよく分かってはいない



けれど「ハイヒールの哲学」を学ぶ中で
自分と向き合い続け
ぶれない軸と強いマインドを
持つことの大切さを知り
一進一退しながらではあるけれど
諦めずに取り組んできたことが
今の現実を引き寄せているのだと思う



私がコンサルティングを卒業し
マレーシアでサロンをオープンした際には
ハイヒールで美しく歩きたい
という方はもちろん
私と同じように悩める人
人生を変えたい
自分の望む人生を生きたいと
人生に光を求める方々に
ぜひLumièreを訪れていただきたいと思う




2020/12/27

マレーシアのサロンオープンに向けて~ASAMI-PARISの門を叩いたきっかけ




 
マレーシアでは
ビジネスパートナーの新規ビジネスのリサーチと
彼が経営する飲食店の手伝いをしながら
空いている時間を使って
日本酒のビジネスチャンスを探して回った



滞在先が首都クアラルンプールの中でも
都心にある高級ショッピングエリアで
現地でかかわった人たちの殆どが
駐在の日本人と中華系マレーシア人だったので
私が体験したことは
マレーシアの一つの側面でしかないかもしれないが
日本に居てネットで調べるだけでは得られない
様々なものを手にすることができた
貴重な経験となった



途中、タイにも渡り三週間程滞在したけれど
人、食、生活、文化、ビジネススタイル
何れもマレーシアとは全く異なり
それまで東南アジアと一括りにしていたことを
恥ずかしく思った



帰国後、本格的にマレーシアとタイで
ビジネスパートナーの事業のサポートと
自分のビジネスを展開する計画を進めることになり
ベースとなるマレーシアでの就労VISAを
申請することになった



当時、マレーシアでの就労VISA取得はかなり難しく
更新申請ですら却下されており
泣く泣く帰国せざるを得ない人が
後を絶たない状況だった



けれど私たちはそのような状況だからこそ
取得できた時には大きなアドバンテージとなると考え
可能性が少しでもあるならばと
現地のVISAエージェントに協力を依頼し
出来る限りのことをして申請に臨んだ



全てが驚く程のスピードで進んでいた



ところがVISAの申請手続きを始めて以降
それまでトントン拍子に進んでいたのが
嘘だったかのように
その流れが止まってしまったのである



最初のうちは
マレーシア流の進め方で
時間がかかるのは当たり前で仕方がない
という程度に考えていたのだけれど
二ヶ月経ち、三ヶ月経ち
一向に進捗しない状況に
徐々に不安な気持ちが湧いてきていた



そうこうしているうちにコロナが流行し始め
VISAの手続きどころか世界全体が滞り
VISAの取得は絶望的だと思われた



マレーシアへ行けなかった場合
日本でどうするか



別の道も考えておかなければ
そう思った私は
改めて自分は何をしたいのか
自分の気持ちを見つめ直した



けれどなかなか答えは見つけられず
自己嫌悪に陥っていた時
ASAMIさんがトリコロールコースを
提供されることを知った



トリコロールコースは
ずっと気になっていたのに
申し込むことが出来ずにいた
脳科学とASAMI-PARISのセッションを
受けることができるものだった



これは巡り合わせで
今受けよということだ
そう感じた私は
十年振りにASAMIさんに
メールを送ったのである



2020/12/24

マレーシアのサロンオープンに向けて~マレーシアとの馴れ初め




昨年の夏、今思えば
私は激動の時を過ごしていた



当時私は
日本酒を地方の蔵から仕入れて
都内の飲食店へ販売したり
蔵元と協力してイベントを実施したりする傍ら
日本酒の海外輸出を進める事業に携わっていた



けれど勤めていた会社のオーナーが難病に倒れ
急遽、資産管理以外の事業を全てたたむことになり
転職を余儀なくされた



私は転職回数が多く
業界も職種も多岐にわたっていて
普通に考えれば私の年齢での転職は
かなり厳しい状況だった



けれど私はそれほど悲観的ではなく
ここまできたら失うものも特に無いし
どうせなら自分のやりたいと思えることを
とことんやってみようという気持ちになり
学生の頃にカナダへ留学した際
将来また海外に渡って仕事をしたいと
強く願っていたことを思い出し
トライしてみることにした



今考えると
その時も宇宙の力が
働いていたのだと思う



オーナーの知人に海外に精通していて
マレーシアで飲食店を経営し
タイでもビジネスを展開している
人物がいたことを思い出し
仕事絡みの会食で
何度か同席した程度だったけれど
少しでも情報が得られればと思い
連絡をしてみた



すると直ぐに会って話を聞いてくれ
海外でビジネスをしたいなら
現地に行って実際に見てみることが大事で
一番手っ取り早いと言って
自分のビジネスのリサーチを手伝ってくれれば
滞在場所と渡航費用をサポートするので
一度行ってみてはどうかと提案してくれた



そんな願ってもない提案に
私はYesと即答していた



そしてその一週間後
私はマレーシアにいた



海外で仕事をすることを考えて始めてから
実際にマレーシアへ渡航するまで
その間、僅か一ヶ月程だった



そこからが私とマレーシアの
不思議な縁の始まりだった